パク・ソダム「90歳まで舞台に立ちたい」新作『慶州紀行』で語った13年
女優パク・ソダムが、映画『慶州紀行』(原題)での復帰を機に自らの俳優人生を振り返り、「90歳になっても舞台に立つことが私の夢だ」と語った。韓国のニュース専門チャンネルYTNが8月30日に配信したインタビューで明かしたもので、甲状腺がんの闘病を経た現在の心境から、デビュー13年の歩み、10年後の自分への思いまでを率直に言葉にしている。取材はYTNのキム・ジョンア記者、映像取材はイ・スヨン記者が担当した。
YTNはパク・ソダムを「二重まぶたのない目と、画用紙のようなイメージで千の顔を演じ分けるチュンムロの演技派」と紹介した。チュンムロ(忠武路)は韓国映画界を指す代名詞として使われる言葉で、日本でいえば「日本映画界」に近い語感を持つ。そのチュンムロで存在感を築いてきた彼女が、数年前の甲状腺がん闘病の時期を通り過ぎ、より成熟した姿で新作を携えて戻ってきた、というのがYTNの伝えた文脈である。
写真: パク・ソダム — Lolo / CC BY-SA 4.0復帰作となる『慶州紀行』は、修学旅行から帰ってこなかった末娘・慶州(キョンジュ)のために、母と娘たち四人が復讐の旅に出るという家族の物語だ。パク・ソダムが演じるのは、緻密に戦略を立てる法学部出身の無職の次女。彼女は自身の「ワンピック・キャラクター」を問われて「やっぱり『慶州紀行』のヨンジュではないでしょうか」と笑いながら答えており、この役への愛着の強さがうかがえる。演技の手応えについては「写真を撮るシーンを見ていただくと、私が一番大きく笑っているんです。時にはとがったところもあって、母に向かって声を荒らげたりもする。そんなヨンジュのいろいろな姿があったので、演じていてずっと面白かったと思います」と振り返った。
現場で共演者との呼吸が特に良かったことも、パク・ソダムは嬉しそうに語っている。中でも印象深いのが、映画『パラサイト 半地下の家族』で因縁の関係にあった女優イ・ジョンウンと、今回は母娘として組んだことだ。「私が桃でさんざん苦しめてしまって、申し訳なかったんです。そのあと私もお姉さんに酒瓶で頭をたたかれて。今回はぴったり母と娘として出会うことになって、本当に幸せでした」。『パラサイト』での二人の関係を知る観客にとっては、この配役自体が一つの見どころになる。
パク・ソダムの俳優としての夢は、学生時代に見た一本のミュージカルから始まった。短編映画や独立映画(インディーズ映画)から出発してスペクトラムを広げ、2015年の『黒い司祭たち』で映画界にその名を刻む。当時を「そんな作品を残せたというだけでも、本当にありがたい作品」と語りつつ、「こういう機会が与えられなければ、いつ丸刈りにして、いつあれほど血を吐くことができたか」と振り返った。さらに「あの頃は髪がとても長くて、ドライヤーで20分は乾かさなければならなかったのに、丸刈りにしたら朝40分よけいに寝られたんです」と、現場ならではのエピソードを笑いを交えて明かしている。
この作品で各映画祭の賞を総なめにし、一気にチュンムロのブルーチップとして浮上したが、スランプが訪れたのもこの時期だった。「その年は1年で6作品をやっていました。演劇2本、ドラマ2本、映画2本。ある日、本当に久しぶりに休みの日が与えられたんですが、何をすればいいのか分からなかったんです」。突然変わってしまった周囲の状況を受け入れるための時間が必要だったのだと、彼女は当時を分析している。
心が揺れたとき、自分の居場所を取り戻す原動力になったのが演劇だった。「役をきちんと演じきって、終わって外に出て、ファンの方たちにパク・ソダムとして会って話をする。その1時間、1時間半がとても癒やされて、面白いんです」。そして続けたのが、今回のインタビューで最も印象的な一言だった。「シン・グ先生、イ・スンジェ先生のように、90歳になっても舞台に立つのが私の夢です」。シン・グもイ・スンジェも、高齢になってなお現役で活躍を続ける韓国の名優として広く知られる存在であり、その名前を挙げたことに彼女の俳優観がにじむ。
チャンスは再び訪れた。アカデミー賞4冠に輝いた『パラサイト 半地下の家族』は、いわゆる「ジェシカ・ジングル」と結びついてパク・ソダムの国際的な知名度を押し上げた。本人は「これをまだやることになるとは思いませんでした」と苦笑しながら、「ジェシカ、一人っ子、イリノイ、シカゴ、学科の先輩はキム・ジンモ、彼はお前のいとこ、ピンポン」と当時の調子を再現してみせた。キジョン役はポン・ジュノ監督がパク・ソダムを念頭に置いて脚本を書いたとされる。兄妹役を演じたチェ・ウシクとの顔立ちの似た「絵柄」がキャスティングに影響したのかを問われると、「初めまして、と言って二人で座って、カメラを見てくださいと言われて、監督がいろいろな角度から私たち二人を撮られたんです。その写真を後で送ってくださったんですが、本当にそっくりで」と説明し、監督も意識していたのではないかとの見方に「そうだったと思います」と答えている。『パラサイト』の前後で何が変わったかという問いへの答えは、俳優としての名声ではなかった。「いつでも悩みがあったりつらいときに連絡できるお姉さん、お兄さんを、一度にたくさん得たこと」だという。
「チュンムロの公務員」というあだ名がつくほど休みなく走り続けた青春の道の途中で、彼女は甲状腺がんという伏兵に出くわす。また舞台に立てるだろうか、声は戻るだろうか——恐怖のなかで自分を責めもしたが、その痛みは自分自身をまるごと受け止める契機になった。「甲状腺がんの判定を受けたあと、自分をとても責めました。どうしてこんなに管理ができなかったのかと。そして『ああ、私はあのとき大丈夫じゃなかったんだ』と気づいたんです」。同じ痛みを持つ人たちに向けては「大丈夫じゃないのが当然なので、あまり大丈夫になろうとしないで、つらいことをこの世の誰か一人にでも必ず話してください」とメッセージを送った。最も後悔していることと、最も良かった選択を尋ねられた際にも、「後悔しているのは、病気だったときに自分を責めたこと。そして一番良かったのは、それに気づいて自分を包み込んであげたこと」と答えている。
闘病を経た今は、ぎっしり詰め込んでいた誠実さのなかに、ほどよい休符を入れられるようになった。「1〜2週間に一度、花市場に行って、こうして両腕いっぱいに買ってくるんです。一本挿しては整えて。そうやって2、3時間、ぼうっとしながら、携帯電話は一切持たずに音楽を聴きながら」。好きだった運動をより熱心に続けるうちに、アクション演技への意欲も出てきたという。「面白いし、目に見えるので。体力もつくのでエネルギーも上がってきて、鏡を見ても表情がだんだん良くなっている気がして、やらない理由がない気がします。今はジョンウンお姉さんもアクションをやっているんです。私は自分にできる限り、おばあさんになってもやりたいです」と語った。
他人が知らないパク・ソダムの本当の魅力を問われると「意外とこぢんまりしたもの、かわいいものが好きなところ」と答え、俳優としての長所は「何かを好きになると、心から好きになること」と自ら挙げた。デビュー13年、すでに信頼して探し求められる俳優となった彼女に、10年後の姿を尋ねると、こう返ってきた。「じゃあ46歳ですね。今と同じだと思います。こうしてやり続けて、自分のやりたいことをしながら、たくさんの方に会って、自分の話をして。今日、10年前の『黒い司祭たち』の話をしているように、また『慶州紀行』の話ができたらいいなと思います」。
パク・ソダムをめぐっては8月28日、韓国のスポーツ東亜(キム・スンヒョン記者)が、ファッション誌「GQ KOREA」9月号のグラビアとインタビューでの発言を報じたばかりだった。そこでも彼女は3年ぶりのスクリーン復帰に触れ、「少し仕事を手放して、本当のパク・ソダムを大切にするための時間を過ごした」と休養期間を振り返り、「今日一日が楽しくて、明日が待ち遠しいと思えるエネルギーが100パーセント満たされた」「今は俳優としても人間としても幸せだ」と語っていた。今回のYTNのインタビューは、その流れを引き継ぐ形で、休養と闘病を経た彼女がどんな時間を積み上げてきたのかを、より具体的な言葉で示すものとなった。休みなく走った時期、スランプ、演劇に救われた日々、そして病を経て身につけた休符。そのすべてを引き受けたうえで「90歳まで舞台に」と語る姿に、これから積み上げられていくパク・ソダムの次の10年への期待が重なる。






