歌手イ・サンウ、音楽会社の経営26年目を語る 「一緒に住みましょう」出演
1990年代を代表するバラード歌手として知られるイ・サンウが、歌の仕事と並行して26年にわたり音楽関連の会社を経営してきたことを明かした。9月9日に放送されたKBS 1TVのバラエティ番組『ファン・シネの一緒に住みましょう』第34回でのことで、共演者のファン・シネに近況を尋ねられ、自ら口にしたものだ。この会社には、チャン・ナラ、ハン・ガイン、そして故フィソンが所属していたという。
本人の口から語られた数字は「26年」。歌手として舞台に立つ姿だけが知られてきたイ・サンウが、その裏側で四半世紀を超える時間を経営者として過ごしてきたことになる。バラエティ番組の何気ない雑談の流れから出てきた話だったが、名前の挙がった3人がいずれも韓国の音楽シーンや芸能界でよく知られる存在であるだけに、短いやり取りながら受け止められ方は小さくない。
写真: イ・サンウ — dramax iHQ / CC BY 3.0この日の放送は、ファン・シネ、シン・ゲスク、ヤン・ジョンアの3人が過ごす抱川(ポチョン)を、イ・サンウが訪ねる形で進んだ。番組は女優ファン・シネの名前をタイトルに冠しており、彼女を含む出演者たちの共同生活を軸に展開する。第34回はそこにイ・サンウが客人として加わり、4人での時間が描かれた。
4人が向かったのは、抱川にある文化芸術創作所だった。ここで工芸体験に臨み、そろって螺鈿(チャゲ)の教室に参加している。番組では、4人が並んで手元に集中し、授業に取り組む様子が映し出された。歌の話でも、芸能界の思い出話でもなく、まずは手を動かす時間から始まったわけだ。
会話が生まれたのは、その作業の最中だった。ファン・シネがイ・サンウに向かって「近況はどうですか。事業をたくさんしていると聞きました」と切り出す。噂として耳にしていた話を、本人に直接ぶつけた形である。工芸体験の合間の、ごく自然なやり取りだった。
これに対してイ・サンウは「事業を始めてもう26年になりました。歌の方の会社です」と答えた。さらに続けて「チャン・ナラ、ハン・ガイン、(故)フィソンを抱えていました」と明かしている。自身が手がけてきたのが音楽分野の会社であること、そしてそこに所属していた顔ぶれまで、短い言葉で説明した格好だ。
26年という年月を単純に逆算すれば、会社の立ち上げは2000年前後ということになる。歌手として名前が知られていた時期と、経営者としての歩みが長く並走してきたことがうかがえる。番組内では会社の規模や現在の事業内容までは語られていないが、「歌の方の会社」という言い方から、音楽の現場に近い場所に居続けてきたことは伝わってくる。
イ・サンウは1988年、MBCの江辺歌謡祭を通じてデビューした。1988年から数えれば、歌手としてのキャリアは38年目に入る。代表曲には『オー!サラ』『悲しい絵のような愛』『彼女に会う場所100m前』『僕だけの君』などがあり、いずれもヒット曲として知られている。1990年代のバラード界を象徴する存在として語られてきた歌手である。
歌謡祭出身の歌手がヒット曲を重ね、その後に音楽ビジネスの側へ軸足を広げていく——今回明かされたのは、そうしたキャリアの流れそのものだった。ステージに立つ人から、歌う人を抱える人へ。26年という数字は、その転身が一時的なものではなく、長く続いてきたことを示している。
番組『ファン・シネの一緒に住みましょう』はKBS 1TVで放送されているバラエティで、今回が第34回にあたる。出演者たちが共に過ごす日常を追いながら、そこにゲストが加わることで新たな話題が引き出されていく構成だ。今回のように、工芸体験という何気ない場面から出演者の知られざる近況が明らかになるのは、この種の番組ならではの展開と言える。
日本の視聴者にとって、チャン・ナラやハン・ガインはドラマを通じて名前を目にする機会の多い俳優であり、フィソンもまた韓国の音楽シーンでその歌声が語られてきた歌手だ。その3人の名前が、1990年代のバラード歌手の口から「抱えていた」という言葉とともに並んだことになる。イ・サンウ自身の歌手としての歩みと、経営者としての26年が交差する話として受け止められそうだ。
今回の出演でイ・サンウが語ったのは、あくまで近況を尋ねられた際の短い返答にすぎない。それでも、ヒット曲の数々で記憶される歌手が、その後もずっと音楽の現場に関わり続けてきたという事実は、ファンにとって新しい発見となったはずだ。バラエティ番組の一場面から、一人の歌手の長いキャリアの別の側面がのぞいた回となった。






